女子レスリング・中村未優の連載対談企画 第3回「女子サッカー・吉良知夏選手」

女子レスリング・中村未優の連載対談企画

第3回「女子サッカー・吉良知夏選手」


 一般財団法人アスリートフラッグ財団が提供するスポーツギフティングサービス「Unlim(アンリム)」では、SDGsによる社会の共創を目標に、女性アスリートが抱える問題や課題に向き合い、持続可能な競技スポーツ環境の創出に貢献していきます。

 女性アスリートを取り巻く問題について改めて考えるきっかけになることを目ざし、Unlimに参加する女子レスリング50kg級の中村未優選手が、さまざまな女性アスリートを迎えて行う対談企画「女性アスリートについて話そう」。第2回目のゲストは、同じくUnlimに参加する女子サッカー・吉良知夏選手です。

 吉良選手は2010年浦和レッズレディースに入団し、約10年間エースとして活躍した後、ずっと夢だったという海外挑戦を叶え、2020年メルボルン・シティに所属。昨シーズンを現地でプレーして帰国したところです。サッカーの魅力、メルボルンでの経験、女性アスリートとしての思いなど、さまざまなお話を聞くことができました。


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サッカーとレスリング

中村:サッカーはレスリングと違ってチームスポーツですが、チームだからこそ吉良選手が培ってきたものがあるのでは、と思うのですがいかがでしょう。

吉良:きついトレーニングや同じ内容を一人ではなく皆で共有できることは、チームならではの強みですね。私は自分のために頑張れる性格ではあまりないので、皆が頑張っているから頑張ろう、応援してくれる人がいるから頑張ろう、と思えるんですよね。

中村:レスリングはチームで練習をしているところもありますが、私は普段はコーチと練習をしています。レスリングは試合も一人なので、試合に負けたら自分が悪い、というのがすごく強いと思います。だから常に自己中心的というか、「自分のために」という感じで。このコーチに教えてもらいたい、トレーナーにお願いしたいと、自分からガツガツ進まないといけません。自分のリズムをつかむことがすごく大事だな、と思います。

吉良:私は自分のためだけだと頑張れないから、気持ちが強いなぁ……。

中村:でも、“もろさ”というのはありますね。自分の気持ちがプツンと途切れてしまうと、つぶれてしまう。先ほど吉良選手がおっしゃった、皆のために強くなれるというのは、私も欲しいなぁと思うことがあります。反対に、チームだから難しいという点はありますか?

吉良:サブメンバーもいますが11人の競技なので、全員のコンディションが最高!という日はほぼありません。だから、調子が悪そうだなという選手を助けなくてはいけない。チームだからこそ。でも皆がそういう意識を持ってやっているし、そうじゃないと試合にならないですね。

中村:チームであることが、いい点でもあり、大変な点でもあるということですね。


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コンディショニングについて

中村:レスリングは大きい試合が年に2回あって、そこを目標にコンディションを合わせていくのですが、サッカーは特にリーグ戦の時など試合数がすごく多いですよね。試合に対してどのように調整しているのでしょうか。

吉良:90分の試合後は、疲れすぎて寝られなかったりします。

中村:わかります。私も眠れないです……。

吉良:やっぱりそうですよね。浦和レッズでは試合後にだいたい2日間オフがあって、そこで身体を休める感じでした。それでオフ明けに強度を上げて練習していくのですが、最初の週は少し激しめで、体を起こすイメージ。そして試合の前日は軽めのメニュー。そのようなサイクルを繰り返していますね。もちろん怪我や何か違和感を感じる人は、トレーナーに相談して少し休んだりもします。

中村:別メニューを組んで練習するのですね。

吉良:そうですね、個人としてはそうやって調整します。あと、食事はすごく大事だと思うのですが、食事はチームで提供されるわけではないので自己管理。何を食べてもいい、という。

中村:各自でコンディショニングする必要があるんですね。

吉良:はい。練習に関しても、足りなかったら自主練をしたりもします。試合に出ている人と出ていない人では差が出てしまうので、サブだった人は少し練習量を増やしたり、練習後に少し走ったり。その人次第で、けっこう自由な感じですよ。

中村:コンディショニングの仕方はやはり競技によって違いますね。レスリングは試合数が少ないので、試合に向けて100%いい状態をつくるのが大事なのですが、サッカーは常に試合に備えた状態をつくるという。毎日の積み重ねがより大事になりそうです。

吉良:レスリングでは、試合前にすごく厳しいトレーニングをする期間があったりしますか?

中村:一時期は試合の1ヶ月ほど前に強化期を終えるということを試したりもしたのですが、今は6日間練習をしっかりして1日休むというペースで、試合前には少し疲労を抜く感じです。でも、抜きすぎてしまうと試合で力が出ないので、少しだけ練習量を落としてできるだけ疲れがないいつものいい状態をつくる、というのが自分には合っているみたいです。吉良選手は、精神的なコンディションが良くない時はどうしていますか?

吉良:オフの日などは、チームメイトとあまり過ごさないですね。毎日会っているので、気持ちがオフにならないから(笑)。あとは遠出したりもしますよ。

中村:そうなんですか。どこへ行くんですか?

吉良:ふら〜っと(笑)。

中村:計画は立てないんですね(笑)。

吉良:散歩に近い気分で、昔は滝を見に行ったりしてました。のんびりマイナスイオンを吸って明日からまた頑張るか、と。田舎育ちなので自然を求めがちですね。都会だと緊張するんですよ……。それと、温泉も好きです。

中村:普段のサッカー選手ではない顔ですね。

吉良:めっちゃ普通です(笑)。

中村:私も本当に普通です(笑)。一人暮らしなので家で過ごすことも多いですが、実家に1時間ほどで帰れるので、親と話したり一緒にテレビを見たり、ご飯を食べて、猫と戯れて。ただそれだけなのですが、リラックスできます。


海外での生活と試合勘

中村:吉良選手が浦和レッズからメルボルン・シティに移籍することになった経緯や思いをお聞きしたいです。

吉良:2010年にレッズに入って2、3年経った頃には、海外でプレーしてみたいと思い始めていたんです。怪我なども重なってタイミングを逃したりもしたのですが、年齢も上がってきたし、そろそろ行かないとヤバいぞと(笑)。2019年のシーズンが始まる前にクラブに「どうしても行きたい」と話しました。国もチームもどこも決まってない段階です。

中村:どんな反応でしたか?

吉良:とりあえず1年間はレッズにいて、海外からオファーがあったらいつでも行っていいし、決まらなかったら今年も来年もいてもいいよ、と。

中村:チームが吉良選手を大事にしていることが伝わってきますね。

吉良:すごくありがたいですよね。そんな時に、メルボルンから日本人選手を探していると話をいただいて、2020年に所属することが決まりました。メルボルンはもともと近賀ゆかりさんという大活躍したプレーヤーがいたこともあって、日本人選手に対する印象がとてもいいのだと思います。そうやって道をつなげていただいたことはすごくラッキーでした。

中村:実際にメルボルンに行ってどうでしたか?

吉良:英語が話せないからすごく緊張したのですが、日本にいる時に監督と事前に電話で話して、「こっちに来たらなんとかなるよ」と言ってくれたことで、少し気が楽になりました。結果、本当に楽しくて。

中村:チームの雰囲気もなんだか楽しそうです。

吉良:ほぼ年下の選手ばかりですけど海外では年齢はあまり関係ないので、そういう意味ではいろんな面でコミュニケーションを取りやすい。昨日何食べた?何してるの?と、気さくに声をかけてくれるので本当に救われていました。

中村:チームの中で自分の役割をどのようにつくっていったのでしょうか。

吉良:監督に、ポジションはどこがいいか?と始めに聞かれたので、攻撃の選手だから前がいいと伝えたんですね。攻撃の基点、アシストと得点、というのが私の役割ですね。結果的には得点1、アシスト3くらいで、良くできたとはあまり言えないのですが。でも、背番号も10番(チームの中核選手がつける背番号)をもらって、プレッシャーというよりも求められていることを楽しんでやっていたとは思います。

中村:すごく評価をされているのが伝わってきます。期待をしてもらえるのはすごくいい環境だったのでは。

吉良:1年間ほぼ試合をしないでメルボルンに行ったので、焦りもありました。試合勘が少し鈍っている感じがあったので、対応するのにすごく神経は使いましたね。でもだんだんと慣れてきたら、あとは自分次第という感じで。怪我をしないようにコンディションにだけは気をつけていました。

中村:試合勘というのはすごく大事ですよね。レスリングは試合が多くないし、特に社会人はなかなか機会がない状況なので、どうやって対応していくのかを考えるのは大切だなと私も思っています。


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女性アスリートとして

吉良:レスリングはぶつかり合うし、迫力がすごいといつも思いますが、どこを怪我することが多いですか?

中村:そうですね、膝とか肩、それと私は足首を怪我しやすいです。あとは関節だったり、ハムストリングだったり。

吉良:全身ですね(笑)。

中村:そうですね(笑)。吉良選手はどうですか?

吉良:骨折が多いです。打撲や筋肉の不調は比較的練習もできるのですが、骨が折れてしまうとやっぱり練習できないので、大きい怪我は骨折ですね。それと、私も足首が弱いです。

中村:女性ならではの怪我というとどうでしょう。

吉良:やはり月経との付き合い方は難しいですよね。月経異常は疲労骨折の発生リスクを高めると言われていますが、私も疲労骨折をしたことがあります。ホルモンバランスの調整も知識がないとコントロールできないし。スポーツに限らず女性には言えることだと思うのですが。

中村:日本代表の監督は女性ですよね?

吉良:はい、今はそうですね。

中村:レスリングは女性のコーチが少ないので、知識を得る機会がすごく少ないのが現状です。女子サッカーは女性の監督やコーチがいる環境かなと思ったのでどうなんだろう、と。女性の身体面でのサポートやケアなど、チームでの取り組みはありますか?

吉良:私はトレーナーには相談していましたね。全体的に理解はあると思いますが、チームとして取り組みがあるわけではないです。生理が試合と被らないよう調整するためにピルを飲んでいる選手が多いですが、知らない人もいるし、本当に効果あるの?という人もいる。でもチームに20人以上がいるからか、必ず誰かが月経期で、それも一人ではなくて何人かいます。「今日そうでしょ?だってめっちゃ顔がむくんでるもん」と、当てっこするくらいオープンです(笑)。

中村:抵抗なく話せる環境はとてもいいですね。

吉良:あとは、やっぱり女性アスリートは知名度が低いというのは感じるかなぁ。

中村:ええ、差は感じますね。

吉良:そうですよね。もっと知ってもらいたいし、知ってもらう場をもっとつくりたい。

中村:男子とは違う面白さがあると思うんです。同じ競技だけど、違う視点で見たり、興味を持ってもらえるとうれしいですよね。

吉良:だから中村選手と私がこうやって出会ったり、もっと異なる競技間でコラボして、レスリングのファンの方が「サッカーも面白いね」とか、その逆も起きたりしたらいいですよね。

中村:本当に。そうやって広がっていったら素敵ですよね。


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今後の展望とUnlimの活用

吉良:先ほど言ったように、サッカーやレスリング以外にも沢山の競技があるので、違う競技のアスリートと協働してもっと多くの人に競技を知ってもらいたいです。Unlimというプラットフォームを利用して、他の選手たちとそういう場をつくれたらいいなと思います。

中村:皆で勉強したり支え合ったり、他競技間でお互いに刺激を得て、自分たちの競技にまた還元する。そんな循環が生まれるかもしれませんね。

吉良:私もレスリングを体験させてもらったら、きっと新たな発見があると思います。やっぱり実際に体験しないとわからないことがあると思うので、いろいろ知りたいです。

中村:この間、試合の前にUnlimのウェブサイトを見ていたら「応援が届きました」という表示があってすごくうれしかったです。そうやって離れている場所にいる人も応援してくれているんだ、とすごく励みになる。結果を出さないといけないなと本当に思います。

吉良:それはうれしいですね。応援は本当に力になりますよね。

中村:もしUnlimである程度の金額が集まったとしたら、どんなことに使いたいと思いますか。

吉良:私は大分出身なのですが、地元でサッカーを知ってプレーするようになりました。大分はサッカーができる環境やプロをめざす環境が関東に比べるとやはり圧倒的に少ないので、恩返しというか、育った地元からサッカーを発展させていきたいという思いをずっと持っています。私も選手としては年齢的に上になってきているんですよね。自分自身もう少し長くやりたいとは思っているけど、きっと以前よりも周りが見えるようになってきたのかもしれません。それと、目標があったほうが頑張れるから一つの大きな目標にしています。

中村:次の世代につなげていくということにすごく共感します。自分を高めることが競技の発展につながることももちろんあるけれど、私も後の世代のことを考えて行動したいと改めて思いました。


●プロフィール

(中村未優さんプロフィール)

1998年埼玉県生まれ。5歳からレスリングを始め、PUREBRED大宮で練習を積む。埼玉栄高校時代には、世界ジュニア選手権やJOCジュニアオリンピックカップでの優勝をはじめ、数々の大会で好成績を収め注目を集める。大学在籍時には全日本女子オープン選手権やウクライナ国際大会で優勝を果たし、直近で参加した2020年全日本選手権の成績は3位。一般社団法人Sports Design Lab所属。

 

(吉良知夏さんプロフィール)

1991年大分県生まれ。ポジションはフォワード。神村学園高等部在学中にU-17日本女子代表としてFIFA U-17女子W杯に出場し、続けてU-19日本女子代表にも選出。2010年なでしこリーグ・浦和レッズレディースに入団し、11年には背番号10を背負うエースとして活躍。日本女子代表候補のメンバーにも選出され、14年にはAFC女子アジアカップ優勝、アジア競技大会準優勝へと導いた。2020年浦和レッズレディースを退団し、海外挑戦を表明。現在、Wリーグのメルボルン・シティWFCに所属。

貴宏 松崎