女子レスリング・中村未優の連載対談企画 第4回「女子ビーチバレーボール・草野歩選手」

女子レスリング・中村未優の連載対談企画

第4回「女子ビーチバレーボール・草野歩選手」


 一般財団法人アスリートフラッグ財団が提供するスポーツギフティングサービス「Unlim(アンリム)」では、SDGsによる社会の共創を目標に、女性アスリートが抱える問題や課題に向き合い、持続可能な競技スポーツ環境の創出に貢献していきます。

 女性アスリートを取り巻く問題について改めて考えるきっかけになることを目ざし、Unlimに参加する女子レスリング50kg級の中村未優選手がさまざまな女性アスリートを迎えて行う対談企画「女性アスリートについて話そう」。第4回目のゲストは、同じくUnlimに参加する女子ビーチバレーボール・草野歩選手です。

 草野選手は現在、アスリートとして活動しながら大学院博士課程に在籍し、コーチング学を研究するデュアルキャリアの選手として活躍しています。ビーチバレーの魅力、スポーツ選手のデュアルキャリアの実践について、女性アスリートとしての思いなど、さまざまなお話を聞きました。


●プロフィール

(中村未優さんプロフィール)

1998年埼玉県生まれ。5歳からレスリングを始め、PUREBRED大宮で練習を積む。埼玉栄高校時代には、世界ジュニア選手権やJOCジュニアオリンピックカップでの優勝をはじめ、数々の大会で好成績を収め注目を集める。大学在籍時には全日本女子オープン選手権やウクライナ国際大会で優勝を果たし、直近で参加した2020年全日本選手権の成績は3位。一般社団法人Sports Design Lab所属。

 

(草野歩さんプロフィール)

1985年東京生まれ。株式会社パソナグループ所属。ビーチバレーランキング個人4位、ペア2位(2017年10月時点)。高校時にバレーボールの全国大会で優勝。日本体育大学卒、大学卒業後にビーチの世界へ。現在同大学院博士課程に在学し、コーチング学やスポーツ選手のデュアルキャリアについて研究中。自身もデュアルキャリアを実践するアスリートとして注目を集めている。2014年には日本代表としてアジア競技大会出場。


選手、コーチ、大学院生として

中村:選手生活が約20年と長く経験されている草野選手に、今日はいろいろお聞きできることがうれしいです。今日はよろしくお願いします! 今はシーズン中ですか?

 

草野:5月に東京五輪の日本代表チーム決定戦がありました。それが終わったら私は一旦選手を退こうと考えていたのですが、今はちょっとお休みしているのんびりとした期間です。中村選手は?

 

中村:5月末にあった試合ではあまりいい結果が出なくて。12月の全日本選手権に向けて、今トレーニングをしています。草野選手は、日本体育大学のコーチと選手と大学院生という3つの活動をされていますよね。大変だろうな……と想像するのですが。

 

草野:最近まで選手として競技をやっていた間は、基本的に3つの活動をしていたのですが、大学院では研究対象を自分の活動にしていたので、そこまで授業が詰まっていてという感じではなかったんですよね。

 

中村:ご自身の選手活動が研究にもつながっているんですね。

 

草野:ええ。でも一番難しかったのは、競技とコーチの両立ですね。大学院での専攻はコーチング学だったので選手にどんなサポートをするのが一番いいのかわかっているのに、私自身も競技をしているのでうまく時間をつくれずに、学んだことを提供できないという大きな葛藤がありました。でも、学生たちや周りの人たちサポートしてもらいながら、完璧ではないけれどかろうじて両立できていたのかなと思います。

 

中村:ご自身がトップレベルの選手だからこそ、学生たちにも伝えられることがありますよね。

 

草野:そうだといいなぁと思ってるのですが(笑)。できるだけ選手としての実体験を伝えるようには心がけています。アドバイスは実際に先輩の選手から聞くほうが「そうなんだ!」と思えるもの? 中村選手のご意見もお聞きしたいです。

 

中村:そうですね、やっぱり自分が尊敬している選手にアドバイスをいただくと、より心に刺さるとは思います。自分の憧れの選手から技を教えてもらうことだけでもうれしいし、もっと近づけるようになるぞ、という気持ちになりますね。

 

草野:教える時にどこまで自分の経験を言ったらいいだろうと少し迷ったりもするので、意見を聞けてうれしいです。よかった(笑)。

 

中村:はい(笑)。大学院での研究はどんなことをされているのか教えてください。

 

草野:女性に限らないのですが、修士課程では「デュアルキャリア」が競技力向上にどんな影響があるのかということを研究しました。そもそも私がデュアルキャリアを始めたきっかけというのが、実際に競技を終えた経験をして、私自身がほぼバーンアウトしている状況だったこと。でも、そこから最終的には競技を楽しみながらプレーに戻ることはできたんです。そこで、博士課程に進んでからはその過程を論文として書きたいと思っているところで。やはり大きなテーマは、選手のデュアルキャリアについてですね。


女性選手のデュアルキャリアが競技力向上につながる

中村:デュアルキャリアは競技力向上にどんな効果があると考えているのですか?


草野:もちろん人それぞれで、競技だけに専念している選手でも結果が出る人は沢山います。でも一方で、なかには行き詰まってしまう選手もいる。そういう時には一歩外に出て視野を広げることが、メンタルの部分の大きな支えになるんじゃないかな、と。例えば、特に女性が30歳くらいに近づいてくると、「この先どうしよう」という不安が競技力の低下につながったりもします。そんな不安が一つ消えることで、残された時間を頑張ろうと思えることが競技力向上につながる人もいると思うんです。私の場合は、それが立ち直るきっかけになりました。


中村:競技を終えた後に先が見えなかったり、やりたいことがないという選手も実際に見ています。例えばですが、競技生活が終わってコーチになるとなった時に、コーチとして活躍する場自体がなかなか得られなかったり、女性がコーチになる機会も少なかったりしますよね。そういった面では、私が専門とするレスリングにも構造的な課題があると感じています。先日、レスリング協会の新体制が発表されたのですが、理事29名中女性は4名だけでした。レスリングの場合、世界のトップレベルで活躍した女性のアスリートは多くいるにもかかわらず、女子ナショナルチームのスタッフの多くは男性という現状があります。


草野:今の風潮を考えると女性の数が少ないですね……。ただ数合わせをすればいいというものではありませんが。

 

中村:そうですよね。女性が活躍していく場自体がやはり少ないと感じます。企業などの役員でも女性の人数の割合を決めることが増えてきましたよね。機会が生まれることはいいことですが、能力が伴っていないのであればそれは違うと思います。男性の視点からしても疑問に思うのではないでしょうか。ビーチバレーでは、どんなキャリアを持つ選手が多いなど特徴はありますか?

 

草野:基本的にはやはり男性コーチが多いのが現状ですね。女性コーチもいることはいますが、家庭が落ち着いたらコーチになるという印象はあります。第一線で引っ張っていく役職には、女性はいないですね。

 

草野:でもデュアルキャリアがうまく行けば、大変だけどやっている、やりきっていることが自信につながったりもします。燃え尽きることがなくなるんじゃないかな。

 

中村:私は試合で負けてしまうと、終わってから落ち込んで何もしたくないというか、気力が全部失われるというタイプで(笑)。でもそれだと全然前に進まなくて、少しずつ立て直していくんですけど、やることがあるときっと楽しくなってくるので視野を広く持っていることは大事ですよね。

 

草野:私も選手だけをやっていた時は、いま中村選手が言ったみたいに、負けた時に全部否定していました。私は何をやってたんだろう……って。それで次の試合のために「やってはいけないことリスト」をつくっていたんですよ。

 

中村: プレーに関してですか?

 

草野:プレーだけじゃなくて私生活に関しても。これをやったらダメ、ダメ、ダメって。でもそうすると負けた時に立て直せないんですよね。楽しむために、人生を充実させるためにやっているのに、なんでこんなに辛いんだろうって思ったりして。でも、勉強したりコーチをするようになって、自分のことを少し客観的に見られるようになったんですよ。負けたからってすべてがダメだったのではなくて、結果は負けだったとしても、そこまでやってきた過程は価値のあるもの。そこをもう少し大切にしなくちゃと、自分自身で気づけたというか。

 

中村:変える部分と変えない部分、というのは大事ですよね。いま私はその考え方のトレーニングをしている感じです。あまり否定的にならないように、普段からの考え方から前向きになるように、ですね。


コーチに必要なことを学んで得たもの

中村:草野選手は、「女性エリートコーチ育成プログラム」(スポーツ庁委託事業)に参加されていますが、どういったものなのでしょうか。私もいつか現役を終えたらコーチになりたいと思っているので、ぜひお聞きしたいです。

 

草野:2016年のリオオリンピックで、IOC(国際オリンピック委員会)が選手の数の男女比を同じにしようと目標を掲げていたんです。その比率はリオで達成されたんですが、いまだに女性コーチの数は3割にも満たないと。

 

中村:すごく少ないですよね。

 

草野:ええ。そこで立ち上がったのが「女性エリートコーチ育成プログラム」。女性コーチを増やしていこうという取り組みの一環で、みんなのロールモデルになれるようなエリートコーチを育てるという2年間のプログラムです。実際の研修は新型コロナの状況があってオンラインになりましたが、年に5〜6回ほど約1週間のプログラムを受けて知識を学ぶものと、OJTという実際の指導現場にスタッフが来てコーチングのスキルアップをサポートしてくれるというものがあります。私がそのなかで一番必要だと思ったのが、メンタリング。ご存知ですか?

 

中村:メンターという言葉は聞いたことがあります。

 

草野:簡単にいうとメンター=相談役です。メンタリングはすごく効果があって、海外の女性コーチともディスカッションする場があるのですが、エリートコーチになっている人には必ずメンターがついているんですね。海外では主流の考え方なのですが。

 

中村:コーチの相談役がいるということですか。

 

草野:そうです。メンターがいて、コーチを引き上げてくれるという。日本だとあまりいないですよね。

 

中村:そうですよね、自分で頑張るしかない、というイメージがあります。

 

草野:しかも、キャリアメンターとコーチングメンターの2人をつけてもらえるんですね。特にキャリアメンターには、スポーツ界だけでなくさまざまな分野で活躍している方々がいたりして、例えば、女性が社会で働くなかでの悩みや不安を聞いてくれてアドバイスをしてくれます。

 

中村:すごいですね! 初めて知りました。

 

草野:コーチを目指したいけれど、結婚もしたい、出産もしたいと迷うことだってありますよね。どこからやらなくてはならないのか?と考えると、コーチの仕事を後回しにしてキャリアを築くのは後々になってしまうことも多い。そのようにどう両立したらいいのかという時に、メンターは大きな助けになってくれると思います。

 

中村:現場から離れる時間が長くなればなるほど、コーチに戻るのは難しいですよね。

 

草野:そうですよね。自分も現場に行きにくくなってしまう思いもあるのではないでしょうか。

 

中村:競技スポーツには、スキルやトレーニング方法、戦術などのトレンドみたいなものがありますよね。自分が選手として活動していた時と変化しているのに、自分の経験知で現役の選手を見ていいのかと悩んでしまいそうです。現場をずっと見ていればそのギャップはあまりないと思いますが、一度競技をやめてブランクがあると、またその最前線に向かうというのはすごく大変なことですよね。

 

草野:自分の人生を考える時に、優先順位を一緒に考えてくれる人がいるのは本当に大事なこと。それはプログラムを受けてわかった大きな発見でした。中村選手にもおすすめしたいです。

 

中村:ぜひ参加してみたいです。その他のプログラムはどんなことを?

 

草野:指導者講習会というのはどの競技にもあると思いますが、それをもう少し踏み込んで、コーチが伸ばすべきスキルを知識として勉強するということがあります。それで教える場でも実践するんですね。あとは、一番最初に取り組むこととして、選手として大事にしている信念みたいなものがあるのと同様に、コーチも同じで、コーチとしての哲学や価値観というものを皆で話し合いながら考えていくんです。コーチとしてどんな人になりたいか、まず考えるということですね。

 

中村:まず自分の「芯」を確認していくのですね。プログラムに参加されている人の競技種目はさまざまですか?

 

草野:ええ、バラバラです。バレーは私だけですね。水泳、ボッチャ、セーリング、マウンテンバイクなど、本当にいろんな競技の方がいらっしゃいます。

 

中村:いろいろな競技の方と交流できるのもいいですね。

 

草野:コーチングは勉強しておくと、選手としての自身の競技力向上にも有効かなと思います。


ビーチバレーとはどんなスポーツ?


中村:ビーチバレーという競技について少しお聞きしたいです。競技のなかで男女の評価の違いなどはあったりしますか?

 

草野:男子は五輪に出場しているのですが、女子は五輪に出られていないのにメディアに取り上げられて話題になるという状況はありますね。

 

中村:たしかにテレビでも女子の印象が強いかもしれません。あの、水着を着てプレーをするのは慣れるものですか?

 

草野:はじめは「え、水着でやるの!?」と思いました(笑)。今は恥ずかしいという気持ちはだいぶ薄れましたが、いまだにありますよ。学生にもそうやっていう子も多いですね。男女の試合も同じ場所で開催されるのでやっぱり抵抗はありますよね。

 

中村:水着のルールなどはあるのでしょうか。

 

草野:パンツのサイドの幅が7cm以下とか、結構決まりごとはあります。

 

中村:そうなんですか!?

 

草野:ビーチバレーはビーチでみんなが遊びながら始めたというのが起源で、もともとエンターテイメントとして「見せる」競技としてスタートいうことが大きいと思います。試合会場もお酒を提供して音楽をかけてやるという文化があります。

 

中村:会場にも行ったことがないので、楽しい雰囲気だということも初めて知りました。

 

草野:ビキニのユニフォームなので、写真を撮られたりしないかと聞かれることもよくありますが、ビーチバレーは比較的早い段階で規制が厳しくなったとは思います。砂浜にコートをつくるので、パラソルを立てた観客席がすぐ隣という距離です。だから選手がサーブを打つ時に、お客さんのちょうど目の前に選手のお尻が来る格好になったりもします。そういった競技の特性上もあって、規制を厳しくしていったんじゃないかなと思います。

 

中村:なるほど……。草野選手はもともとバレーボールをされていたんですよね?

 

草野:ええ、6人制のバレーを。大学を卒業してビーチバレーに転向しました。

 

中村:2人での競技ですが、転向してどんな変化がありましたか。

 

草野:自分勝手にはできないんです(笑)。6人制はチームスポーツだから、ある程度ルールはありますが、6人いるので一人が思い切ったことをやったとしても周りがカバーしてくれるものなんですよ。調子が悪ければメンバーチェンジをすることもできる。でもビーチは替えのメンバーがいないので、一人がダメになると棄権という選択肢しかなくなるんですね。

 

中村:レスリングは一人なので……。男子だと高校生、大学生はリーグ戦や団体戦があるのですが、ワールドカップを除いて女子は基本的に個人なので、ちょっと想像がつきません。どのようにパートナーを決めるんですか? 

 

草野:きっと大変だろうな、と想像されたと思いますが、その通り(笑)。本当に難しいです。パートナーを組むのは「この選手と組みたい」という希望で組むことができますが、基本的には、この人とやりたいと思う気持ちがないとうまくいかないものだと思います。

 

中村:コミュニケーションを取り方も大事ですよね。ある程度気の合うパートナーでないと難しそうですね……。

 

草野:遠征の時なんかは、コーチがいるとはいえ、食事も移動も寝る時もずっと2人一緒です。仲が良すぎて言い過ぎてしまうこともあるし、超えてはいけないラインというものもあるし、でも伝えるべきことは言わなくてはならないという。そのラインも人によって違ったりするので……個人競技とは違うかもしれませんね。


ギフティングサービス「Unlim」について

中村:最後に、これまでUnlimというサービスに感じていることを教えていただけますか?

 

草野:ファンの方の応援が競技を続ける大きな力になっています。ファンの方は厳しい目を持って見てくれているので、ある意味コーチみたいでもあると思いますね。ビーチバレーはファンの方との距離は近い競技で、声をかけてくれることも多いのでありがたいなぁといつも感じます。

 

中村:レスリングの試合会場は敷居が高くはないのですが、なかなか直接声をかけられたりということがないんですよね。だからUnlimというサービスがあると、ファンの方のメッセージを見ることができて、私は応援してもらっているんだという実感を持てるのがうれしいです。

 

草野:そうですよね、たしかに私も実感しています。

 

中村:直接ファンの方が声をかけにくかったりするかもしれないので、Unlimというサービスがあると双方向にいいことがあると感じています。Unlimで集まった資金をこんなことに使いたいという目標があればお聞きしたいです。

 

草野:選手の時は大学院に行ったり、競技をするうえで遠征もあるので、実質お金がかかるという生活でした。だから、資金を寄付していただけると、学費や遠征費など、実際に使えるところに使わせてもらえることがすごく助かっていました。やっぱりキャリアを積むためにいろいろ活動したり勉強したりしようとすると、どうしてもお金がかかるんですよね。

 

中村:そうですよね。でも、培ったことが後の世代の選手へと還元できるはずですよね。今後のご活躍も楽しみにしています。今日はありがとうございました。

貴宏 松崎