女子レスリング・中村未優の連載対談企画 第2回「岩出玲亜選手」

女子レスリング・中村未優の連載対談企画

第2回「岩出玲亜選手」


 
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一般財団法人アスリートフラッグ財団が提供するスポーツギフティングサービス「Unlim(アンリム)」では、SDGsによる社会の共創を目標に、女性アスリートが抱える問題や課題に向き合い、持続可能な競技スポーツ環境の創出に貢献していきます。

その一環として、女性アスリートを取り巻く問題について改めて考えるきっかけになることを目ざし、Unlimに参加する女子レスリング50kg級の中村未優選手が、さまざまな女性アスリートを迎えて行う対談企画「女性アスリートについて話そう」がスタートしました。

第一回目のゲストは、同じくUnlimに参加し、プロマラソンランナーとして活躍する岩出玲亜選手です。

中村未優さんは今年3月に大学を卒業し、現在「Sports Design Lab」に所属して精力的に活動を行っている、女子レスリング界で今もっとも注目を集める選手の一人。一方の岩出玲亜さんは、2020年にそれまで所属していたチームを離籍し、東京五輪代表選考レースに唯一実業団に所属しないフリーの女子選手として出場し話題を呼びました。二人とも、目前に迫った大会へ向けて練習に励んでいる真っ最中。競技に取り組むなかでこれまで感じてきたことや、普段の練習を通じて思うことなどを話してもらいました。それぞれ取り組む競技は違っても、対話をするなかで多くの共感と気づきがありました。


練習場所とその環境の大切さ

中村:コロナの影響でレスリングの大会が少なくなってはいるのですが、今は5月末にある全日本選抜に向けて練習をしています。

岩出:私も5月のハーフマラソンの大会に向けて、ガンガン練習しているところです(笑)。

中村:いつも練習はどこでしているのですか?

岩出:基本的には競技場ですね。でも、マラソンは、シューズと信号機がないロードがあればどこでも練習できちゃいます!

中村:レスリングもマットとシューズがあれば練習できる競技なので、そういう意味ではマラソンとも似ているかもしれないですね。

岩出:私は現在フリーで活動していて、コーチとマンツーマンで練習をしているのですが、一人で練習するのがときどき寂しく思うことがあります。中村さんはどうですか?

中村:私も通常のトレーニングは、コーチとのマンツーマンです。たまに実戦練習として女子チームに来てもらったり、女子がいるチームを訪れたりしているけど、普段からたくさんの人数で練習しているわけではありません。大学生の頃からそのようなトレーニングスタイルだったので、一人で練習するのが寂しいとあまり思わないかもしれません(笑)。

岩出:中村さんは、どうしても練習したくないという時や、ストレスを発散するためにどうしていますか?

中村:実家にいる猫を“吸う”ことで発散しています(笑)。岩出さんは?

岩出:甘いものを食べる(笑)。でも、発散方法があるのはとても大事なことですよね。練習にしても、コンディションがいい時はもちろん頑張れるのですが、調子の悪い時にいかに平均値まで持っていくかということを大事にしています。波が激しいとやっぱりレースでも出てしまうものなので、いい時も悪い時も最低でもここはクリアするぞという目標を決めています。そうするとなんだかんだ走っていたら集中力も高まって、プラスアルファの力を出して頑張ろうというモチベーションにもなります。

中村:岩出さんがフリーになったのはどうしてですか?

岩出:私は5年ほど実業団に所属していたのですが、チームメイトと同じ寮で同じ食事をして、衣食住ずっと一緒という生活でした。しっかり守られていて安定はあったけれど、逆に言えば、外部とのつながりがなく閉鎖的な面も感じていました。もう少し自分のやりたいことをしたり、新しい人と出会ったりして、もっと陸上競技を楽しみたいという気持ちがだんだん強くなって。フリーになってからは自分のペースに合ったメニューを組めることや、実業団に所属している期間はできなかったSNSを通じた発信もできるので楽しいですね。

中村:レスリングも、地方の大学や強豪チームは似たような環境です。練習して、食べて、寝て、(大学の場合は)学校に行くという繰り返し。やっぱりその環境にずっといると、新しいことに出会ったりチャレンジすることが年を追うごとに難しくなっていって、「仲間内だけの世界」になってしまうので、岩出選手のおっしゃることにすごく共感します。


女性アスリートについて

 
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中村:今回の対談のテーマは「女性アスリートについて話そう」ということで、岩出さんが女性アスリートとして感じた課題や悩みなどはありましたか?

岩出:私は高校も全寮制の学校にいたのですが、練習をしすぎたり速く走るために過度な食事制限をしたり、ストレスもあると思うけど、体調を整えるのがとても難しかったです。月経がちゃんと来ていない選手も多くて、私も高校3年間はストップしてしまいました。来ないほうがラクだからいいやなんて思っていたけど、女性の身体について知識も乏しかったし、指導者が男性だったということもあってきちんと教えてもらうこともありませんでした。大人になってからはピルも試しましたが、私はあまり合わなかったので、現在は特に調整はしていません。月経の時でもいつも通り練習するし、大会でも同じですね。選手によっても月経の調整の仕方はまちまちだと思うけど、月経が止まってしまっている選手も多い印象があります。

 

中村:私は、月経中の痛みがつらかったことと、月経後は体が軽く感じるんですが、うまく力が入らない感覚があって力強さがなくなってしまうんです。そのように体調の波ができてしまうのを避けて、できるだけコンディションを一定に保ちたいという思いがありました。それで大学1年生の時に婦人科で検査を受けて、今は定期的に通って低用量ピルを使っています。私はピルとの相性が悪くなかったようで、服用している方がらくなので続けています。でも、岩出さんが言うように、特に学生の間は自分の身体の変化についての対応を学ぶ機会が少ないように感じています。チームで練習していると「休むことが悪いこと」と考えてしまったり、他の選手と比べてしまったり、ケガをした時でも、数日休んで集中して治せばいい状態で復帰できるのに、無理をしすぎてしまうことがあります。年を重ねると休む大切さもわかってくると思いますが、しっかり女性アスリートの活動を支援できる環境があるといいなぁ、と常々感じています。

岩出:本当に。私もそんな環境でずっと練習してきて、ふと「いつか陸上をやめたときに何も残らないのでは」ということに気づいて。それなら現役中からさまざまなことを経験して、選手を引退した後にもつながっていくものをつくりたいなぁ、と思うんです。


これから成長する選手に希望を

中村:周りでも岩出さんのような動きをしている人がいたり、陸上競技の練習環境に変化を感じることはありますか?

岩出:陸上はまだまだ実業団に所属するというのが基本になっていると思います。やめた後はどうしようかなぁ……と悩んでいる選手も多い印象ですね。まだ女子には私以外にプロのランナーはいないので、実業団が合わなかったとか、実業団に入れなかった選手も、まずはプロでやってみることができる道がつくれたらいいなと思っています。

中村:私が所属しているSports Design Labは、4月にスタジオをオープンし、女子レスリングのトップ選手のトレーニング拠点づくりを進めており、私もこのスタジオを活動拠点としていています。私は、アスリートとしての活動の傍ら、この場を活用して競技の普及や女性アスリートの競技継続に向けたプログラムも展開していきたいと考えています。誰かがやらないと皆イメージもわかないし、新しい試みのなかで練習してきた選手が成功すれば、子どもたちやこれから成長する選手に希望を持ってもらえるはず。それが競技の普及にすごく大事なことだと思います。


アスリートの活動資金について

 
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中村:フリーで活動をするなかで、困っていることなどはありますか?

岩出:実業団にいれば、安心・安全・安泰です。でもフリーになると、やはりスポンサーになってくださる団体や企業を自分で見つけないといけませんよね。いろんな場面で自分自身も努力しないと活動費が回らなくなってしまうということは、実業団にいる間は経験したことがありませんでした。フリーになってから、お金のありがたみをすごく感じるようになったとも言えますね。

中村:資金を募る方法の一つとして、Unlimというスポーツギフティングサービスができたのは、私たちアスリートにとってとても心強いことですよね。

岩出:出資者の方から直接メッセージが届くので、より皆さんの応援を身近に感じることができるようになって、ありがたいなぁと思う気持ちがもっと大きくなりました。メッセージをいただいたことで、頑張るぞ!と、前向きに思える日も多いです。中村選手はどうですか?

中村:応援してくださる方たちにお返しができるように、もっとパフォーマンスを向上させたいという力をもらっています。そして、応援者の方々にも自分たちの姿を見て何かを受け取ってもらいたい。そんな好循環が生まれるUnlimという仕組みをアスリートが活用することで、これまでにないスポーツの発展の可能性があるような気がします。もちろんお金がすべてではないですが、やはり競技活動をするには資金がないとできないことも多いので、パフォーマンスを高めることが自分の価値を高めるということを、いつも意識して練習しないといけないなと、これまで以上に強く感じるようになっています。

岩出:他のアスリートの方はどんなことを考えてるんだろうって、普段思うことがよくあるので、こうやってお話をするのはとてもいいですね。

中村:そうですね、今日は岩出さんにいろんなことをお聞きできて、私も頑張らないとなぁと改めて思いました! ありがとうございました。


(中村未優さんプロフィール)

1998年埼玉県生まれ。5歳からレスリングを始め、PUREBRED大宮で練習を積む。埼玉栄高校時代には、世界ジュニア選手権やJOCジュニアオリンピックカップでの優勝をはじめ、数々の大会で好成績を収め注目を集める。大学在籍時には全日本女子オープン選手権やウクライナ国際大会で優勝を果たし、直近で参加した2020年全日本選手権の成績は3位。一般社団法人Sports Design Lab所属。

(岩出玲亜さんプロフィール)

1994年三重県生まれ。中学時代に陸上競技をスタートし、高校卒業とともに実業団に所属。2013年に出場したハーフマラソンで1時間9分45秒というジュニア日本記録を更新。2019年には、名古屋ウィメンズマラソンにて2時間23分52秒を記録し、自身のベストタイムを打ち出した。2017年に実業団を離れてアンダーアーマーでプロとして活動を始め、2020年フリーとなり現在所属先募集中。スポンサー企業に、アディダス、DNS、COROSがある。

貴宏 松崎