女子レスリング・中村未優の連載対談企画 第5回「女子ラグビー・青木蘭選手」

女子レスリング・中村未優の連載対談企画

第5回「女子ラグビー・青木蘭選手」


一般財団法人アスリートフラッグ財団が提供するスポーツギフティングサービス「Unlim(アンリム)」では、SDGsによる社会の共創を目標に、女性アスリートが抱える問題や課題に向き合い、持続可能な競技スポーツ環境の創出に貢献していきます。 

 女性アスリートを取り巻く問題について改めて考えるきっかけになることを目ざし、Unlimに参加する女子レスリング50kg級の中村未優選手がさまざまな女性アスリートを迎えて行う対談企画「女性アスリートについて話そう」。第5回目となる今回は、同じくUnlimに参加する、女子ラグビー・青木蘭選手です。

 3歳からラグビーをはじめた青木選手は、進学した慶應大学で女子ラグビーチームを創設、現在は横河武蔵野アルテミ・スターズで活躍中です。これまでフルタイムで仕事をしながら競技生活を続けていた青木選手ですが、最近、ある思いから女子ラグビー初のプロ選手に転向。その真意や、競技に対する思い、レスリングとの共通点など、同世代の二人に語り合ってもらいました。


子どもの頃は家中にラグビーボールが転がっていた

中村:まずは、青木選手がラグビーを始めたきっかけを教えてください。

 

青木:父を筆頭に二人の兄もラグビーをやっていたので、家中にラグビーボールが転がっているという環境で育ったんです。私自身も、3歳の時にはラグビースクールに通っていたみたいで。当時は周りにラグビーをやっている女の子がいなかったので、物心つくまでは、男の子たちと追いかけっこをしているような感覚でボールに触れていました。

 

中村:すごい、3歳から! レスリングも皆小さいうちから、最初はマットの上を転がっているだけみたいなところから始めます。他のラグビー選手もスタートは早いですか?

 

青木:幼少期からやっている人もいれば、他競技から転向する選手も多いので、何歳からでもできると思います。中村選手はレスリングをやっているから、すぐできるようになりますよ! ……って勧誘してる(笑)。

 

中村:ちょっと球技は苦手なんですが、やってみたいです! 男子ラグビーとの違いや、女子ラグビーならではの魅力ってなんですか?

 

青木:ボールの大きさとか競技場の広さ、さらにはルールにも男女差はありません。そんな中、男子は体の大きさもあるので、スピーディーでアグレッシブなプレーが魅力。女子は激しいながらも、男子よりスピードが緩やかなので、何が起きているのかがわかりやすく、初心者でも楽しみやすいのが魅力の一つです。あとは、ギャップ。選手それぞれのキャラクターが普段と試合中とで全く違うので、そんなところもおもしろいと思います。


毎年、体重が8キロ増減!

中村:青木選手は7人制と15人制の両方でプレーしていらっしゃいますが、その違いはなんですか?

 

青木:これもグラウンドの面積やルールは一緒で、おもな違いは二つ。人数と、競技時間です。15人制は40分ハーフの80分間行うのに対し、7人制は7分ハーフの14分間しかない。15人制は時間こそ長いのですが、戦略的なプレーが重視され、一人一人が止まっている時間もあります。一方で7人制は人数が少ない分、常に走っている状態。どちらかといえば足の速さや体力が求められたりします。だから私、4〜10月の7人制のシーズンと、12〜3月の15人制のシーズンで体重が8キロ違うんですよ。

 

中村:えっ! 女性で8キロって結構な差ですよね。しかも1年の間で……それは意識して落とすんですか?

 

青木:7人制の練習が始まると、勝手に落ちていくんです。逆に15人制のシーズンが始まると、今度は食べてよく寝て、増量する。おっしゃる通り結構な差があるので、生理が来なくなったり体調を崩したりすることもありますね。それをケアしながら、筋肉をつける場所を変えるなどしてコントロールしていきます。せっかく大きくなったのに、また小さくなって……を繰り返します(笑)。

 

中村:レスリングは、体重階級制の競技です。試合に合わせて体重の増減が激しい選手も多いですし、体でぶつかる競技なので、体重が変わると感覚も全然違いますよね。

 

青木:ラグビーもそう。お互いコンタクト・スポーツなので、共通する部分はありますよね。


初の女子ラグビー部を立ち上げる

中村:青木選手は、当時女子ラグビー部がなかった慶応義塾大学に進学されていますが、それはなぜですか?

 

青木:私はもともと神奈川県出身なのですが、高校で島根県の石見智翠館高等学校に入学しました。当時は、日本で女子ラグビー部がある唯一の高校だったんです。そこで、こんなにみっちりとラグビーに費やせる時間があるんだということを人生で初めて知り、大学でもラグビー部に入りたいと強く思いました。でも、当時は女子ラグビー部がある大学は4校しかなかった。その選択肢の中で自分の将来を想像した時に、いまいちそこでやりたいことが見えなかったんです。そうやって進路に悩むうちに、慶應という道が見えてきて。実は慶應って、日本で初めてラグビー部ができた大学なんですよ。そのルーツ校に私が入ることにすごく意味を感じて、さらにそんな私が男子の中に混じってプレーをすれば、新たな道をひらけるんじゃないかと思ったんです。

 ところがいざ入学してみると男子のラグビー部には受け入れてもらえなかった。そしてこれから先、自分のように路頭に迷う女子選手が増えたら嫌だ、だったらいっそつくってしまおうと思い、慶應初の女子ラグビーチームを立ち上げたんです。

 

中村:在学中、試合は……?

 

青木:その頃はまだ試合ができなくて。だけど私が卒業して1年後に、後輩たちがチームのユニフォームをつくって、ついに試合をしたんですよ。やってきてよかったなって、すごく思いましたね。

 

中村:それは感慨深いですね。私も進路の選択では、青木選手と同じような経験をしました。本当にレスリングだけを目標にするなら女子レスリングに強い大学に進学すべきだけれど、その先の自分の将来がまったく見えなくて。体育教師になりたいわけではないし、ちょっと勉強したいという思いもあったし、それで専修大学に入ったんですけれど。でも高校生のうちから自分の将来のことを考えるって、やっぱりすごく難しいですよね。

 

青木:難しいですね。そんな中でも女子ラグビー選手は、将来のことを考えている人が多いと思います。なぜなら、恵まれた環境にいないから。競技をやる上で、与えてもらえる環境ってあるじゃないですか、普通にボールがあって、グラウンドがあって、練習場があって、さらに勉強しなくてもラグビーだけをやっていれば良いという環境。女子は全部自分の実力次第なんです。どうしたらラグビーを続けていけるかっていう問題に、幼い頃からずっと直面し続けているんです。


女子ラグビーが乗り越えるべき課題

中村:青木選手はこれまで、チームの新設もそうですけれど、YouTubeやSNSでの発信などを通して、女子ラグビー選手たちがプレーしやすい環境をつくるためのアクションを多く取っていらっしゃいますよね。今の女子ラグビーがとくに解決すべき課題はなんでしょうか。

 

青木:試合の場が明らかに少ないことだと思います。現在の競技人口が4800人くらいで、チーム数は全国に92ほどあるんですけれど、なかなか試合が組めないんです。とくに地方だったりすると、余計に格差が生まれます。

 

中村:それは、経済的な問題が大きいのでしょうか。

 

青木:それも一つの理由です。あとは7人制だと大会自体が1大会しかなく、さらにその大会も、大学生・社会人の区別なく、トップ12チームしか出ることができない。たとえばサッカーだと、J1〜J3などのカテゴリに分かれていて、そのカテゴリ内で大会がたくさんありますよね。それが女子ラグビーにはなく、入れ替え戦もうまく回っていません。

 

中村:試合が少ないということは、活躍する場がないということですよね。

 

青木:はい。スポーツって、承認欲求が満たされるとか、頑張った分が成果につながることを実感できるからこそ続けられるっていう部分、ないですか?

 

中村:ありますね。いろんな人が応援してくれて、自分がその期待に応える形で結果が出せるとやはり嬉しいですし、モチベーションにもつながります。それが叶わないとなると……。激しい競技で、せっかく日々強く自分を鍛えているのに、やっている意味はあるのかなって思ってしまうだろうし。

 

青木:そうですね。幸いなことに今私はトップチームの一つに所属しているのですが、これまでずっと下から見てきているので、余計に現状には問題を感じます。でも私は、誰かが動いてくれるだろうって待っている選手たちにも責任があると思うんですよ。自分たちはこういう風にやりたいという希望があるなら、一人ひとりの選手が主体的に問題と向き合って、意思を伝えていくべきだと思っています。私は女子ラグビーを広めたくて積極的にネットで発信をしていますが、突き詰めていくと、その根底には「もっと試合がしたいから」っていう思いがあるんです。

 

中村:なるほど、すごく大事なことだと思います。課題解決のために、競技人口が増えたら良いと思いますか?

 

青木:最初はそう思っていました。他競技から転向してくださる人がいると、ラグビーの魅力に気づいた仲間が増えるようで、嬉しかった。でもふたを開けてみると、中には、単にオリンピックに出たかったっていう人も多かったんです。そうなると、オリンピックに出られなければすぐにやめてしまう。だから闇雲に人数を増やすのではなく、選手たちにラグビーを選んでよかったって幸せになってもらうことが一番だと思うようになりました。そのためには、やはり試合があることが大前提なんですよね。


前例のない挑戦

中村:青木選手はフルタイムでお仕事をして、終わってから練習をして、合間で動画の編集をして……って、すごいですよね。私はレスリングを仕事にしていて、それに付随した事業にも関わらせていただいているんですけれど、基本的には練習中心の生活。なので、競技生活と仕事と、どうやって両立しているんだろうってすごく気になっていました。

 

青木:実は9月いっぱいで会社を退職し、プロに転向することにしたんです。この2年半、働きながらラグビーをすることを自分の競技人生の軸としていたんですけれど、やはり競技に費やす時間は限られてくる。その限られた時間の中で集中することは身についたんですけれど、やはり上を目指すにはもっと時間をかけなければということがはっきりと分かって。当初は、競技をやめてキャリアを選択するか、仕事をやめて競技に専念するかの二択しかないと思っていたのですが、会社に所属しなくても働けるということを知りました。会社では社内広報誌の編集を担当していたのですが、その仕事で得た取材や執筆の経験を、アスリートへのインタビュー等につなげられるんじゃないかと思ったんです。プロとして活動しながら柔軟に仕事をすることで、競技にも専念できるし、ワークライフバランスも取れるのではないかと。

 

中村:そうなんですね! 所属はそのままでプロの選手になるということですか?

 

青木:はい、引き続き今のチームに所属しながら。女子ラグビーにはまだプロという概念がないので、前例がないことに挑戦しようとしています(笑)。ラグビーって企業スポーツの文化が根強いんですよ。会社が選手を雇用しつつ、ラグビーに専念する環境を提供してくれているので、個人でスポンサーを見つけたりしながら活動するっていう概念がなくて。なので、私がその前例をつくって、続く後輩たちも、会社で働く以外の選択ができるようになると良いなと思います。

 

中村:選手としては、やり切りたいという思いがすごくありますよね。

 

青木:そうですね。競技を「やめる」っていう選択って、すごく簡単にできるじゃないですか。私がやめると言えば誰にも止められないし、別に世界が変わるわけじゃない。でも自分の中で、それは嫌だったんです。一方で「諦める」は、再開しようと思えばまたできる。実は私、一度諦めたんですよ、上を目指すことを。

 

中村:そうなんですか?

 

青木:2年前に前十字靭帯の断裂という、人生初の大きなけがをしたんです。その時に、トップを目指す夢を諦めて。だけど、それから1年半リハビリを重ねながら、去年よりも今の自分のほうが、心も身体も強くなっていることに気づいたんです。仕事もできるようになっていたし。その時に、頑張って積み重ねていけば、違う世界が見えるということが分かって、もう一度チャレンジしたい、「やりきった」って言えるところまで頑張ったほうが絶対に自分のためになる、と思ったんですよね。

 

中村:小さなことから少しずつ積み重ねていくうちにレベルアップして、新しい道が見えてくるって素晴らしいですね。練習もそうじゃないですか。1回練習したからって強くなるわけじゃない。青木選手のお話を聞いていると、アスリートとして長年やってきたことが結果的に人生を広げていく感じが伝わってきて、かっこいいなと思います。

 

青木:いやいや(笑)、嬉しいです。でもそれをね、自分で理解しているのが一番の強みだと思うんです。中村選手もそうだと思うんですけれど。

 

中村:培ってきたものをどう活かすかは自分次第ですし、その培ってきたものに気づかないのはもったいないです。

 

青木:そう、もったいないんですよね。後輩たちも、「蘭さん、私、ラグビーしかやってこなかったので」ってみんな平気で言うんですよ。だから私はそういう彼女たちに、ラグビーしかやっていなかったことに、価値を感じていないの? それまでの人生でかけてきた時間をあなた自身が大切にしなかったら、周りの人も大切にしてくれないよ。もっと自分がやってきたことに自信をもって、って伝えるようにしているんです。

 

中村:すごい、私もそんな先輩が欲しかったです!


Unlimをきっかけに、アスリートから声をかけられるように

中村:Unlimを通して、ファンの方との交流はありましたか?

 

青木:寄付とともにメッセージをいただいた時は嬉しかったです。すごく温かい気持ちになりました。

 

中村:このコロナ禍で試合がなくなってしまったりと、私も見ていただく機会がすごく少なくなりました。そんな中、Unlimのプラットフォームを通じて応援していただくというのは本当に励みになりますよね。

 

青木:なりますね。あと、私はSNSでUnlimについて発信していることもあって、アスリートの子たちから声をかけられることが多くなりました。「Unlimって何?」って興味を持ってくれるのもそうですし、あとはすでに参加されている選手たちと交流できたりして。

 

中村:私もこうして青木選手とお会いできました。

 

青木:ですね! もっとこういう機会を増やしたいです。競技が違っても、同じような思いや悩みを抱えている女性アスリートは多いと思うので、ぜひ話が聞きたい。このUnlimというプラットフォームが、そのきっかけになるんじゃないかなと期待しています


(中村未優さんプロフィール)

1998年埼玉県生まれ。5歳からレスリングを始め、PUREBRED大宮で練習を積む。埼玉栄高校時代には、世界ジュニア選手権やJOCジュニアオリンピックカップでの優勝をはじめ、数々の大会で好成績を収め注目を集める。大学在籍時には全日本女子オープン選手権やウクライナ国際大会で優勝を果たし、直近で参加した2020年全日本選手権の成績は3位。一般社団法人Sports Design Lab所属。

 

(青木蘭さんプロフィール)

1996年神奈川県生まれ。横河武蔵野アルテミ・スターズ所属、ポジションはスタンドオフ。U15神奈川県選抜、U18関西代表を経験。島根県・石見智翠館高等学校女子ラグビー部では主将を務め、全国高校選抜大会を2連覇、大会MVPに。進学した慶應義塾大学では、同大初となる女子ラグビー部「IRIS神奈川」を創設。卒業後現チームに加入、会社員として働きながら競技生活を両立させ、7人制の「Regional Women’s Sevens 2018 関東大会」では準優勝に貢献した。

貴宏 松崎