女子レスリング・中村未優の連載対談企画 第6回「ライフセービング・田中綾選手」

女子レスリング・中村未優の連載対談企画

第6回「ライフセービング・田中綾選手」


 一般財団法人アスリートフラッグ財団が提供するスポーツギフティングサービス「Unlim(アンリム)」では、SDGsによる社会の共創を目標に、女性アスリートが抱える問題や課題に向き合い、持続可能な競技スポーツ環境の創出に貢献していきます。

 女性アスリートを取り巻く問題について改めて考えるきっかけになることを目ざし、Unlimに参加する女子レスリング50kg級の中村未優選手がさまざまな女性アスリートを迎えて行う対談企画「女性アスリートについて話そう」。第6回目となる今回は、同じくUnlimに参加する、ライフセービングの田中綾選手です。

 海やプールでの監視・救助活動を行うライフセービングには、実は競技としての「ライフセービングスポーツ」という側面もあることをご存知でしたか? 現在、日本体育大学のライフセービング部に所属しながら、日本代表としても活動する田中選手が、その競技の魅力や、ライフセーバーとして目指している未来について、中村選手との対談を通して語ってくれました。


ライフセービングという競技

中村:私はこれまでライフセービングスポーツというものには触れたことがなくて、分からないことが多いので、今日は色々とお聞きかせいただきたいと思います。田中選手はどんなところに魅力を感じて、ライフセービングを始めたのでしょうか。

 

田中:きっかけは、中学3年時に行った高校見学の、部活動紹介でした。もともと走るのが好きだったので当初は陸上部に入ろうと思っていたのですが、母と一緒に見に行った昭和第一学園高校でライフセービング部の紹介ビデオを見て、衝撃を受けたんです。そのビデオで「大切な人がもし目の前で倒れていたら、あなたは何ができますか?」という内容のテロップが流れて、確かに何もできないなって。走れるし、人の命も救えるし、かっこいいからやってみなよと母からもプッシュされ、ライフセービング部に入るために同校への進学を決めました。

 ライフセービングはサッカーや野球など勝敗で決まるスポーツと違って、その先があって。強くなればなるほど、速くなればなるほど、助けを求めている人にいち早く届く。なので、世界で一番になるということはレスキューでも一番になれるということなんです。「ゴールの先に救う命がある」っていうちょっとかっこいいキャッチフレーズがあるんですけど(笑)、そこがこの競技の魅力だと思っています。

 

中村 かっこいい……! レスリングもそうですが勝つことだけを目指してやっているスポーツと違って、人のために役立つとか、人を助けるために競技力を向上させるっていうモチベーションが素晴らしいです。

 ライフセービングスポーツにはいろいろな種目があるんですよね?

 

田中:海とプールに分かれていて、そのすべてがレスキューを目的とした競技内容になっています。私がやっている個人種目のビーチフラッグスやビーチスプリントはとにかく「速さ」。前者はうつ伏せの体勢からスタートしていち早く旗を取りにいき、後者はいかに砂浜を速く走れるかを競います。海の種目は他にも、サーフスキーやパドルボードに乗って行うもの、溺者役と救助役を設定して行う団体種目などがあります。プールの種目は、溺者に見立てたマネキンを助けにいく速さなどを競います。

 

中村:本当にすべて救助につながるんですね。競技活動は、実際の現場でのライフセービング活動と並行してやっていらっしゃるんですか?

 

田中:そうです。ただ、ライフセーバー全体で見ると、競技としてやっている人の方が少ないです。夏の時期に市などから雇用してもらって海やプールでの監視を行うのが基本で、その中の一部の人が私のように選手としての活動もしているという感じです。ライフセーバーはそれぞれ担当の浜が決まっていて……

 

中村:「浜」ですか……?

 

田中:今私が所属している日本体育大学のライフセービング部が単独で担当している浜、日大や慶應、早稲田、青山学院などのサークル、期間限定でライフセーバーをしている社会人の方が集まって担当されている浜などがいくつかあって、そこで監視活動をしています。

 

中村:そうなんですか、初めて知りました! サークルとして大会に出ることもあるんですか?

 

田中:インカレの大会はそうです。一方で全日本選手権はそれぞれ担当している浜の名前で出場するので、各チームにいろいろな大学の人が混ざっています。

 

中村:なるほど、ホームビーチということですね。おもしろいです、仕組みがよく分かりました。


最大の目標は、ライフセーバーが必要なくなること

中村:ライフセービングはもっと広く知られるべきだと思うのですが、普及するために必要なことは何だと思いますか?

 

田中:実はライフセービング協会が最終的に目指しているのは、「最大の目標は全員がライフセイバーになるということ」なんです。

 

中村:というと?

 

田中:ライフセーバーというのは事故を未然に防ぐためにいるのですが、その事故が起こらないようにする一番の方法は、すべての人が、自分の身を守る知識を持っていること。なので、海の知識やいざというときの対処法などを、子供のうちから知っておくことが大事なんです。そういうこともあり、高校生の頃は、夏休みに地元の小学校に行き、講習会をやっていました。ペットボトルひとつあれば人間の体って浮くんだよとか、人命救助の一通りの流れとか、そういうのを頭に入れてもらえるだけで、子供でもライフセーバーになれるので。そういった普及活動を通して、「誰もがライフセーバー」という未来を目指していけたらと思います。

 

中村:本当にかっこいいです。ふつう、スポーツの普及っていうと競技人口を増やして……っていうところにフォーカスすると思うんです。実際私もレスリングをやる人を増やしたいと思っていて。今、特にアメリカなどでは女子のレスラーがすごく増えていて、人気があるんですよ。競技人口が多ければそれだけ良い選手も多く、その中でトップに出てきた選手はすごく強いし能力もある。ぜひ日本でもそうなって欲しいなと日頃から思っているんですが、ライフセービングの世界にはそれとは全く違うビジョンがありますね。すごく新鮮です。普及のきっかけのひとつとして、競技を見て興味を持ってもらえたら良いですね。

 

田中:そうですね。もちろん競技自体を、もっともっと知ってもらいたいとも思います。今はまだ、スポーツとしてのライフセービングに興味があって応援してくださるファンの方というのがあまりいなくて、ライフセーバー同士で高め合っているという感じなので、そこは課題として、私が広めていけたら良いなと思っています。


先進的なサポート体制

中村:少し話が変わります。この企画では女性アスリートが活躍する環境面の現状を伺うことにしているのですが、女性のライフセービングスポーツ選手として、何か困難に感じていることはありますか?

 

田中:基本的に水の中で行う競技なので、冷えなどからくる不調は起こりやすいです。ただ、ライフセービング協会が定期的に女性選手のための講習会を開催してくれて、専門家の方に自分の症状や悩み、次にどんな大会があるからそこまでにどのような調整をしようとか、そういった相談をできる場をつくってくれているので、サポート体制はわりとしっかりしていますね。

 

中村:それはすごくありがたいですね! レスリングの場合はコーチが男性だったりすると、女性特有の悩みに関する知識を得る機会がなかったり、どこに相談して良いのか分からず迷っている選手も多いのですが、協会が支援してくれるというのは安心感があります。

 

田中:本当にありがたいです。2017年に日本代表の監督が女性になったので(現在は退任)、その時に変わった部分はあるかもしれません。ライフセービングスポーツは男女比でいうと男性のほうが圧倒的に多いのですが、そういった女性アスリート向けの講習会は、男性の日本代表選手も一緒に聞いています。

 

中村:そうなんですか! それはすごく進んでいると思います。競技力って、食事とか睡眠とか、コンディショニングに関わることも強化していかなければならないので、協会主導でしっかりと教育してくれると、選手のリテラシーも上がって一人ひとりの意識も高くなりますね。

 

田中:協会は女性向けの内容だけではなく、海外遠征に行くための講習会なども開いてくれています。ライフセービングは自分自身を守ることも重要なので、そういったことが背景にあるのかもしれないです。


ライフセービング普及のために世界一になりたい

中村:大学を卒業してからは、どのようにして競技を続けられるのでしょうか。

 

田中:羽生直剛さんが立ち上げられた会社「株式会社Ambition22 」に所属し、インターンなどで社会経験を積みながら競技生活を続けてもっと上を目指し、将来的には ライフセービングクラブをつくりたいと思っています。

 ライフセービングスポーツは実業団のようなチームがあるわけでもなければ、プロとして活躍している人もとても少ないので、大学を卒業したらやめてしまう人が多いんです。なのでまずは私が、ひとつの道しるべをつくりたいです。

 

中村:その一環として、Unlimも活用していかれるんですね。

 

田中:はい。今私がライフセービングを広めるためにできることは、やはり世界一になること。日本人が世界で一番になればライフセービングっていう言葉を知ってもらうことができますし、そのためには積極的に海外遠征をしてスキルを上げたい。Unlimでのご支援は、そのようなところで使わせていただけたら嬉しいです。


(中村未優さんプロフィール)

1998年埼玉県生まれ。5歳からレスリングを始め、PUREBRED大宮で練習を積む。埼玉栄高校時代には、世界ジュニア選手権やJOCジュニアオリンピックカップでの優勝をはじめ、数々の大会で好成績を収め注目を集める。大学在籍時には全日本女子オープン選手権やウクライナ国際大会で優勝を果たし、直近で参加した2020年全日本選手権の成績は3位。一般社団法人Sports Design Lab所属。

 

(田中綾さんプロフィール)

1999年東京都生まれ。日本体育大学4年生。高校でライフセービングと出会い、3年時には全日本ライフセービング選手権で初の優勝を経験。その後もビーチフラッグス、ビーチスプリント種目で優勝を重ね、日本代表強化指定選手として国際大会にも出場する。直近では「第36回全日本学生ライフセービング選手権大会」にて両種目で2冠3連覇を達成、翌週行われた「第47回全日本ライフセービング選手権大会」でもビーチスプリントで優勝を飾った。

貴宏 松崎